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Notes by 三宅 芳夫 | export

 BT、スコットランド首相の妻、ナディア・エル・アクラのインタビューです。 
 「ゴダール、アルジェリア戦争、サルトル」

 WWII後の映画史、1940年代後半がイタリア映画(ネオ・ネアリズモ)、1950年代前半が日本映画の時代だとすると、50年代後半から60年代初頭はヌーヴェルバーグの時代と言える。

 以前にも書いたように、アルジェリア独立問題はWWII直後からフランス社会を混乱に陥れますが、1954年ー62年まではついに「戦争」状態に入ります。

 仏は1945年からインドシナの独立運動を弾圧してきたが、54年ついにジュネーヴ協定によって独立を認めます。

 マンデス・フランスはさらにモロッコ、チュニジアの独立を承認するが、アルジェリア独立承認には失敗、58年には事実上クーデターによって第四共和政は倒壊。

 独立阻止のために仏本国でも徴兵が始まり、「大義なき戦争」に動員される若者たちの間には一種の「虚無感」が広がる。

 ゴダールの『勝手にしやがれ』は、この若者の焦燥感と虚無感をベースにしており、単に「洒落た」スタイルの映画ではない。

 ゴダールとトリフォーはサルトルの支持者であり、前者は生涯サルトルを「守護天使 ange  gardien」とし、後者はサルトルの伝記映画を撮った。

 68年の「革命」に参加したサルトルの傍に、ゴダールとトリフォーの姿もあった。

https://s3.fedibird.com/media_attachments/files/111/191/919/216/523/164/original/88858d0edd9c3da9.jpg 
  ちなみにジャックの息子、ピエール・デリダと一時期同居していたジャンヌ・バリバールはE.バリバールの娘の歌手・女優。仏ではおそらく娘の方が有名だろう。

 ジャンヌは「潜水服は蝶の服を着る」、『007 慰めの報酬』などに出演している有名俳優まチュー・アマリックの間に二人の息子があり、その後ピエール、音楽家のフィリップ、現在はドイツ人演出家と暮らしている。

 マチューの方は父はル・モンドの記者、母はアシュケナージの批評家。ジャンヌの母は物理学者なので、絵に書いたようなパリの文化エリートの空間の二人である。

 そもそもジャック・デリダとE.バリバールは11歳違いのノルマリアン同士であり、デリダはノルマルでアルチュセールと「同盟」を結んでいたので、両者は非常によく知る仲だった。

 ただし、この頃のデリダはアルチュセール派との政治思想の違いを「隠していたので」、後に「政治と友愛」が発表された際にはバリバールは「ええーそうだったの!」とショックを受けることになる。

 逆にバリバールはデリダの『マルクスの亡霊たち』について、「マルクス主義者」としてあれこれ不満を言っていた(のを直接聞いた記憶がある)。ま、これは当然だが。

 こういう連中が京都位の街の一画にひしめいて複雑な人間関係を作っているのである。 
  デリダとブルデューは、共に首都パリの「ハビトゥス」に馴染めず、その「違和感」を自らの仕事の中心に据えたとも言えます。

 デリダにとってパリの文化エリートの「フランス語」は彼にとって「他者の言語」であり続けました。ただし、デリダは「他者と」してのフランス語に同時に魅せられていく。デリダの本領が哲学・文学の正典を「別の意味」・「別の音」で読み直し、「ずらせていく」所にあるのは、そのため、といってよい。

 一般に現代思想は美学主義的退廃へと退行し、デリダの「言葉遊び」もそのように解釈される向きはありますが、それは違います。デリダ自身は、パリの芸術的洗練の空間には、生涯違和感を感じていた。

 この点はブルデューも同様で、それ故に『ディスタンクション』、『国家貴族』などの仕事が生み出されました。

 当時ノルマルの入学試験に通るには、まずパリのルイ・ル・グラン、アンリ4世校などの名門の受験クラスに入る必要があり、デリダとブルデューはその時からの知り合い。ただし、デリダが生涯頼りにしたのは、仏における現代中国研究のパイオニアであるL.ビアンコです。ビアンコの主著『中国革命の起源』は1989年に訳されています。

 他方歴史家のP.ノラは、結局ノルマルには受からず、パリの文化業界のボスとなっていきます。 
  福島瑞穂さんを罵倒した東浩紀と石戸諭が、二人して「ネトウヨとして頑張ろうぜ」と言っているらしい。あの醜悪な罵倒を「訂正する」つもりは毛頭ないと言う。

 イーロン・マスクに「魂を売った」とやら仰っている東先生であるから、「勝共連合」=「統一教会」擁護にも、違和感がないのだろう。

 しかし、日本政府でさえ、「解散請求」を決定した統一教会とXにすがるとは、いつも「多数派」に寄り添うことを選択し続けた東先生、少しオーバーランし過ぎたのかもな。

 ところで、東浩紀、どうも神宮外苑開発にも賛成らしいが、どこまで右に直進していくのか、「ファシスト」の右とは? 
  ジャニーズ事件、次から次へと悪事が明るみに出ているようだ。要するに業界ごと「根腐れ」していた、ということなのだろう。メディアも当然グルだったわけだが。

 ところで、ジャニーズ・システムをプラスの効能も説かれていた石原俊明治大学教授、芸能界に通じた研究者として何かコメントしているのだろうか?

 それにしても、補償を求める被害者はフォーマットに「性的被害」の内容を事細かく書かないといけない、ということ。これこそ、セカンド・レイプになりかねない「デリカシー」を欠いた対応である。あれだけに資産があるのだがら、個別にまずは対応することは出来る筈だ。

 文化業界におけるジャニーズとも言える京大ガラパゴス問題も同じである。業界では「公然の秘密」であるにも関わらず、被害者が直接名乗り出ないまで放置しておくのは、望ましくない。
 だからと言って、2000年度ガラパゴス運営責任者がしれっとフーコー本を出版する、これもやはり望ましくない。

 やはり、被害者に負担をかけずに、関係者が「申し合わせ」のような形で「けじめ」をつける必要があるのではないか?

 そうは思いませんか、石原さん、佐藤さん、箱田さん?

  
 訂正)

被害者が直接名乗り出ないまで放置する(誤)

被害者が直接名乗り出るまで放置する(正)

だからと言って(誤)

また(正)

いずれにせよ、文化業界ですから、一度海外メディアの目の注目を集めると、どういう展開になるか、ジャニーズ事件を見れば、おわかりになるのでは? 
 「これまで日本の大学が海外の日本研究者を育てることにあまり積極的でなかったとは言えると思う。それをやろうとしたのが国際日本文化研究センターだったかもしれない。あれを右翼的なものとして目の敵にするだけで、既存の学部の方は、極めてナショナルな再生産に専心し続けてけたのでは。」by  スパルタクス東大教授

 またまたやってくれたなー。

 君が知らないだけで、海外の日本研究、ノーマン、ライシャワー、ライシャワーを批判するJ.ダワー、コーネル学派などのポストモダニズム、オーストラリア国立大学のG.マコーマック、テッサ・モーリス・鈴木、英国のR.ドーアなど山のように導入されている。ま、苅部などはこうした批判的研究は全部排除してるけどね。

 WWII以後は特に米国の日本研究が発達・多様化。中にはジャパン・ハンドラー的なものもいる。

 またハーバード三菱教授、M.
ラムザイヤーのような「性奴隷」をゲーム理論によって正当化した輩もいる。ラムザイヤーは日文研と関係浅からぬサントリー学芸賞受賞者。また河野有里・苅部直はサントリーの金で「スナック研究会」と称して日本中を飲み歩いていた男達である。

 ところで、人文研には水野直樹という偉い研究者がいた筈だが、スパルタカス君は、この人とは交流していないようだ。 
  円安一時1ドル=150円にまで進んだとのこと。

 また長期国債金利も上がり続づけている。(つまり国債価格は下落)。

 東証株価も下がり続け、現在3万円前後。

 今の状態では「暴落 crash」とまでは言えない。
 しかし、東証平均、第二次安部政権成立時は1万8千円前後。
 日本経済の実力は当時よりさらに低下。これで株価が3万円越えは常識ではあり得ない。
 アベノミクスとは日銀の量的緩和によって、官製相場を1万5千円ほど挙げたこと。

 勿論この状態が続く筈がない。日経などは現在の傾向を米国の高金利政策のせいにしているが、これは構造的な問題なので、いずれ「バブル」がはじけるのは避けられない。

 日銀も基本、緊縮の出口をさぐっている。となると、あとは家計貯蓄を株式市場に投入させるしかない。

 というわけで、ここのところ頻りに資産運用と副業キャンペーンが行われている。

 しかし労働者側から見ると、賃金ではなく、投機と副業で家計の帳尻を合わせろ、ということだからこんなべらぼうな話はない。

 しかし現在の日本の世帯の3割近くは金融資産ゼロ。
 中間層がなけなしの「貯金」を投機に回して暴落したら、老後の生活は?

 竹中平蔵などは「年金廃止、90歳まで生きたければ90歳まで働け」と吠えているが・・・ 
  日本のサブカルチャー(とくに女性)ではフランス革命はポジティヴで捉えれている気がするけれども。

『ヴェルサイユのバラ』では近衛連隊長オスカルがバステューユ襲撃に参加するし、続編の『エロイカ』では、オスカルの部下、アランはナポレオンの参謀となる。その後、皇帝就任の野望を阻止しようとして暗殺行為に出るが、失敗。これも「革命の大義」に殉ずるため、とされている。ついでに言うと、グラックス・バブーフの陰謀まで登場する。

アレントは米革命が「政治」革命であり、仏革命のように「社会革命」でない(「不平等」を問題にしない)ことを評価するが、これは米革命の指導者がほとんど大奴隷農場主であったから可能になった。当然奴隷解放は見送られた。

それに対してジャコバン国民公会は、男子普通選挙権の他に嫡出子と庶子の区別の廃止、さらに奴隷解放令に曲がりなりにもこぎつけた。

『杖と翼』では主人公がサン=ジュストとナタン・ル・アルディ(le hardi)という美青年の間に立つという設定。ナタンはレッシングの「賢者ナタン」からとったのだろう。

恐怖政治の途中からナタンと主人公はヴァンデーのフクロウ党(反革命)に身を投じる。

しかし天才サン・ジュストの「正義」の「翼」はナタンの「杖」と並び立つイマージュのまま並列している。 
 日本でも比較的知られている1789年10月の「ヴェルサイユ行進」事件というものがある。
 パリの食料難に怒りを爆発させた女性達が国王夫妻をパリに連れ戻した事件。

 国王夫妻がパリに常駐することで、軍をパリ郊外に迅速に集結させ、革命を粉砕することは難しくなった。

 しかし長期に見ればパリは先ほども書いたように、反王権の都市。それに対し、国王の近衛兵は基本的にスイス傭兵。つまり王権はフランス人を信用していなかった。

 1588年の「バリケードの日」でもアンリ3世の近衛兵はスイス傭兵。革命中の民衆によるチュイルリー宮襲撃で全滅した近衛兵もスイス人である。
 スイスは傭兵が最も重要な出稼ぎ産業だったので、いざと言う時に忠誠心を示す「傭兵」の名声は必要だった。1527年のカール5世の「ローマ劫掠 Sacco di Roma」でも教皇側のスイス傭兵は全滅。その見返りに現在に至るまでバチカンの傭兵はスイス人である(あるいはハイジのお爺さんも)。
 チュイルリー宮襲撃で殉職したた傭兵たちの追悼記念碑は「瀕死の獅子」としてスイスにある。

 ところで、17世紀はヴェルサイユ王権が文化の中心地だが、18世紀にはサロンを中心としてパリに移動。啓蒙思想家たち philosophesの拠点も基本パリ(ルソー除く)。
  
 ルイ14世が、パリではなくヴェルサイユを拠点としたのは、主としてパリが反王権的であったため。

パリ民衆が反王権的なのは、14世紀のジャックリーの乱以来、16世紀の宗教戦争の時代にまで続いている。つまり16世紀にはパリはカトリックの首都として、ポリティーク的王権(アンリ3世)、プロテスタントのアンリ・ド・ナヴァル(改宗してアンリ4世)に抵抗。この際、やはり高等法院も反王権のスタンス。

所謂「バリケードの日」とは、1588年にパリの民衆が放棄して、アンリ3世が逃亡した事件。

18世紀中にパリを中心としてフロンドの乱に参加した地域はほぼ「脱宗教化」する。このパリ盆地を中心とした人口最大部分が革命を支持したため、一時全欧州から介入され、内戦に陥ったフランスは、ジャコバン支配の下、ほぼ統一を回復した。

ところで、ロベスピエールは元来死刑廃止論、反戦主義者である。オーストリア・プロシアとの戦争を望んだのは所謂ジロンド派。

また、フランス革命時は政党制ではなく、再選禁止の議員のグループに過ぎないので、ジャコバン派への安定した権力集中はできなかった。

ところで、日本のフランス革命研究、柴田三千雄『バブーフの陰謀』、遅塚『ロベスピエールとドリビエ』、二宮宏之の「社団国家論」と世界水準の時期もあった。 
 何故かSNSでフランス革命に関する話題が盛り上がっているらしい。

岩波文庫でF.フュレが入ったらしいが、これはあまりにも「時代遅れ」ではないだろうか?

むしろG.ルフェーブルの『1789年フランス革命序論』を再版すべきでは?

ルフェーブルの複合革命論、つまり貴族、ブルジョア、パリ民衆、農民という独立した四主体の複合として革命の推移を捉えるという見方は、大枠では今日でも通用する。

フュレはルフェーブルの次のフランス革命史講座教授のA.ソブールの『フランス革命と民衆』を主要敵としたが、ルフェーブルの複合革命論を覆すには至らなかった。

さて、私見では、革命を主導したもう一つのグループがある。弁護士(ダントン、ロベスピエール)とジャーナリスト(デムーラン)といった急進啓蒙派の知識人。この知識人グループのイデオロギーによって、異なる四つの主体が「革命」という一つの過程に巻き込まれる。

これは以前にも書いたが、仏における「法律家」の地位にも関係する。高等法院は主に穏健啓蒙、弁護士は急進啓蒙、と分類できる。

高等法院は、伝統的に貴族による王権の掣肘となってきた。

すでに17世紀、ルイ14世の権力に立ちはだかったのは高等法院とパリの民衆。1648年のフロンドの乱では、ルイはパリから逃亡する。 
 ルイ14世が、パリではなくヴェルサイユを拠点としたのは、主としてパリが反王権的であったため。

パリ民衆が反王権的なのは、14世紀のジャックリーの乱以来、16世紀の宗教戦争の時代にまで続いている。つまり16世紀にはパリはカトリックの首都として、ポリティーク的王権(アンリ3世)、プロテスタントのアンリ・ド・ナヴァル(改宗してアンリ4世)に抵抗。この際、やはり高等法院も反王権のスタンス。

所謂「バリケードの日」とは、1588年にパリの民衆が放棄して、アンリ3世が逃亡した事件。

18世紀中にパリを中心としてフロンドの乱に参加した地域はほぼ「脱宗教化」する。このパリ盆地を中心とした人口最大部分が革命を支持したため、一時全欧州から介入され、内戦に陥ったフランスは、ジャコバン支配の下、ほぼ統一を回復した。

ところで、ロベスピエールは元来死刑廃止論、反戦主義者である。オーストリア・プロシアとの戦争を望んだのは所謂ジロンド派。

また、フランス革命時は政党制ではなく、再選禁止の議員のグループに過ぎないので、ジャコバン派への安定した権力集中はできなかった。

ところで、日本のフランス革命研究、柴田三千雄『バブーフの陰謀』、遅塚『ロベスピエールとドリビエ』、二宮宏之の「社団国家論」と世界水準の時期もあった。 
 何故かSNSでフランス革命に関する話題が盛り上がったいるらしい。

岩波文庫でF.フュレが入ったらしいが、これはあまりにも「時代遅れ」ではないだろうか?

むしろG.ルフェーブルの『1789年フランス革命序論』を再版すべきでは?

ルフェーブルの複合革命論、つまり貴族、ブルジョア、パリ民衆、農民という独立した四主体の複合として革命の推移を捉えるという見方は、大枠では今日でも通用する。

フュレはルフェーブルの次のフランス革命史講座教授のA.ソブールの『フランス革命と民衆』を主要敵としたが、ルフェーブルの複合革命論を覆すには至らなかった。

さて、私見では、革命を主導したもう一つのグループがある。弁護士(ダントン、ロベスピエール)とジャーナリスト(デムーラン)といった急進啓蒙派の知識人。この知識人グループのイデオロギーによって、異なる四つの主体が「革命」という一つの過程に巻き込まれる。

これは以前にも書いたが、仏におおける「法律家」の地位にも関係する。高等法院は主に穏健啓蒙、弁護士は急進啓蒙、と分類できる。

高等法院は、伝統的に貴族による王権の掣肘となってきた。

すでに17世紀、ルイ14世の権力に立ちはだかったのは高等法院とパリの民衆。1648年のフロンドの乱では、ルイはパリから逃亡する。 
 「仏帝国の脱植民地化とサルトル、カミュ、アルチュセール、デリダ」

 WWIIにおいて、仏はド・ゴールの外交的アクロバットによって、形式的戦勝国となる。

 となると、敗戦で海外植民地をすべて失った日本と違い、「脱植民地」の過程はWWII、1962年まで続く。

 ベトナムに関しては4者の間に意見の相違はなかった筈。

 ただ、アルジェリアは1830年から「フランス」であったとともに、カミュ、アルチュセール、デリダはそこで生まれ育った。

 カミュはスペイン系、アルチュセールはアルザスから移住した銀行員の息子。

 PCFとの関係では、カミュ、フーコーは一時在籍、アルチュセールは終生党員である。サルトルはアナーキストなので、PCFとは生涯無縁。

 アルジェリア問題では「自治派」のカミュと「独立」派のサルトルが激突する構図となった。デリダはこの時まだ20代で、両者の間を揺れていた筈だが、80年代には「サルトルを選んだ」と明言。

 ところが90年代には仏の知的舞台ではすでに「ネオリベラル」の覇権が確立し、『カミュの勝利』という「眠たい」特集も組まれていた。
 仏で植民地主義に対する 
筋道だった批判が出てくるのは、ここ10年くらい。
 21世紀頭には『ロベール』(辞書)にもF.ファノンの名がなかった。 
  ベトナム戦争中、米国が隣国のラオス・カンボジアにも戦火を広げ、中立路線のシハヌーク国王をクーデターで打倒、ロン・ノル軍事政権を樹立。

 ところが、米国が撤退を決めたため、ロンノル政権はあっさりと倒れ、文革路線の中国のクメール・ルージュ(ポルポト)がプノンペンに入ります。

 クメール・ルージュ(ポルポト)は直ちに対ベトナム戦を開始。しかし、あっさりと自壊して、「killing  field」がその姿を現した。

 しかし、その後ポルポトを支援したのは、米・中・日本、それに基地を提供したタイです。中国に至っては直接1975年に中越戦争を引き起こします。このあたりで漠然とした「現存する社会主義」への幻滅が世界的に共有されたと言えるでしょう。

 逆に73年チリ、73-78年エジプト、73年中国という流れで米国はソ連を包囲。79年には「アフガンをソ連のベトナムにする」というキッシンジャーの目論みは、ものの見事に実現。中国、パキスタン、エジプト、それにサウジのムジャヒディーンたちが結集。

 「文革中国」はこの流れの中で一貫して反ソを選択した。
 日本の「文革」礼賛派は、はたしてこの中国の対外政策をどう考えるでしょうか?

 鄧小平の「改革開放」は中国の海外への政治介入をやめる、ことでもあった。  
  1960年代の中ソ決裂以降、世界中の社会主義陣営、また民族解放闘争に両者の対立が持ち込まれます。1970年代の南アフリカの脱植民地化におけるソ連・キューバVS米・英・中という構図は、その最たるものと言えます。

 唯一の「例外」はベトナム。ベトナムはWWII中での日本の占領に対するレジスタンスを経て、1945年ホーチミンが独立宣言を発表。ホーはここに米独立宣言を引用することで、アメリカの中立を期待したが、「反共ヒステリー」状態の米政府には通じなった。

 1945-54に渡るインドシナ戦争では、米国は仏を援助し続けたが、1954年にディエンビエンフーの陥落によって仏は降伏。

 しかし米国は1955年傀儡政権を立て、南北統一を阻止、60年南ベトナム解放戦線(ベトコン)が成立してベトナム戦争が勃発。米国(日本が基地)、韓国、台湾、オーストラリア、ニュージーランド軍が南部に駐留、その数、百万を超えます。また北ベトナムにWWIIのすべてを上回る戦略爆撃を行います。

 「国際化」されたベトナムでは中ソは内側ではいがみ合いながらも、「決裂」には至らなかった。しかし1971年に「秘密裏」にキッシンジャーは米中和解に進み、ベトナムは「溺れる泥棒に浮き輪を投げる」と批判。

 ここに両政府の対立が表面化する。 
  1960年代の中ソ決裂以降、世界中の社会主義陣営、また民族解放闘争に両者の対立が持ち込まれます。1970年代の南アフリカの脱植民地化におけるソ連・キューバVS米・英・中という構図は、その最たるものと言えます。

 唯一の「例外」はベトナム。ベベトナムはWWII中での日本の占領に対するレジスタンスを経て、1945年ホーチミンが独立宣言を発表。ホーはここに米独立宣言を引用することで、アメリカの中立を期待したが、「反共ヒステリー」状態の米政府には通じなった。

 1945-54に渡るインドシナ戦争では、米国は仏を援助し続けたが、1954年にディエンビエンフーの陥落によって仏は降伏。

 しかし米国は1955年傀儡政権を立て、南北統一を阻止、60年南ベトナム解放戦線(ベトコン)が成立してベトナム戦争が勃発。米国(日本が基地)、韓国、台湾、オーストラリア、ニュージーランド軍が南部に駐留、その数、百万を超えます。また北ベトナムにWWIIのすべてを上回る戦略爆撃を行います。

 「国際化」されたベトナムでは中ソは内側ではいがみ合いながらも、「決裂」には至らなかった。しかし1971年に「秘密裏」にキッシンジャーは米中和解に進み、ベトナムは「溺れる泥棒に浮き輪を投げる」と批判。

 ここに両政府の対立が表面化する。 
  D.グレーバー・D.ウェングロウ『万物の黎明』、訳者の酒井隆史さんからご恵贈いただきました。ありがとうございます!

 しかし、これだけの内容と分量の本、お一人で翻訳というのは本当にすごい。

 内容的には、どうも私が先月書き上げた「自由主義・民主主義・社会主義」と問題関心が重なっているようである。

 4月刊行予定の拙論は、近現代を扱っているが、「自由にして平等」の実存様式、という点で、人類学が対象とする社会を重要な参照枠としている。

 またS.ピンガーなどの進化生物学・進化心理学をベースにした人類史を批判するという問題意識も私も長年、抱いている。

 日本語圏では、それほどでもないが、英語圏ではピンガー的言説は中道リベラルに広く共有されており、「21世紀の啓蒙」と自称さえしている。

 私としては、「21世紀の啓蒙」はピンガー的なものを批判することで可能になると考えている。
 

https://s3.fedibird.com/media_attachments/files/111/168/721/423/561/786/original/44f1cb9baaec9d28.jpeg 
  デリダのレヴィ=ストロース批判を脱植民地化へのジャックの態度と直結させるのはまずは難しい。

 アルジェ出身のセファラードであるデリダにとって、1830年以降フランス側としては「植民地」ではなく、「フランス」であったアルジェリアの独立は他人事ではななかった(モロッコ、チュニジアは保護国。マンデス=フランスの時に独立)。

 後年、サルトルとカミュの双方の立場には「極めて複雑な問題が絡み合っており、単純に割り切れない」が、しかし、「結局は私はサルトルの立場を採る」と述べている。
 同じくアルジェ出身のアルチュセールはPCFの立場=フランスのアルジェリアを前提。

 例によって世渡りがうまいフーコーはその頃スウェーデンやポーランドに「亡命」。そこではカミュをぼろかすに貶していた。
 
 戦争の際デリダはブルデューとともに徴兵され、その地域では他に話相手がいないので、二人はノルマリアン用の事務作業をしながら、いつも一緒に食事をしていた。

 一方デリダは『テルケル』のマオイスムは一切受け付けず、決裂の主因となる。デリダはマオ派よりはPCFが「まし」と言い切っている。

 第三世界一般に関してはネルソン・マンデラへの関心や米国憲法の脱構築などで、まずは欧米帝国主義を批判する立ち位置は揺らがないところだろう。 
  昨日アパルトヘイト時代の日本人=名誉白人について書きましたが、ちょうど少し前に三井物産の当時の社内報がSNSで出回っていたらしい。

 「インド人は煮ても焼いても食えない狡猾さがあり、中国人はひっそり固まって住み、カラードは無知粗暴、黒人に至っては箸にも棒にもかからない蒙昧の徒」とし、それに対して日本人は「緑の芝生のある広々とした郊外の家」で「白人と親しみ」、名誉白人から実質白人へと地位向上しているのは「まことに喜ばしい」とある。

 うーん、これ驚天動地の表現とも言えるが、実は現在もあまり感性は変わっていないのではないか?

「中国人は固まって住み」とあるが、私の海外経験では日本の商社・マスコミ・外務省関係者はそれこそ日本人コミュニティに「籠城」し、現地との交流をひたすら回避していた(とくに仏)。

 ところで、例の神宮外苑の再開発は三井不動産、次世代戦闘機開発は三菱重工・電気、IHI(旧三井系)、消費税19%から「逃げるな」の経団連会長は住友化学、保険証廃止「納期守れ」は三菱商事。どうも三大企業集団、実質日本を支配しつつあるのでは?

 経団連2代会長の石坂泰三、第四代会長の土光敏夫は共にIHI。前者は原発を日本導入、後者は中曽根第二臨調で日本に新自由主義を導入した。

 

https://s3.fedibird.com/media_attachments/files/111/163/122/533/361/759/original/cdecf26c6b17cd47.jpg 
 「中国の外交政策についての補足」

 1960年代から70年代の中国の外交政策は反ソという「思想」が貫かれていましたが、改革開放以降は全く直接の政治色はなくなりました。

 また、当該国の政治過程に介入することもほぼない。これはやはり現在、世界に覇を唱える米国との大きな違いです。

 中国はまだ、米国と直接対決するだけの力はない、と自覚している。

 このあたりの複雑怪奇な情勢をただ米国に盲従するだけでなく、日本政府は独自の国際情勢に対する情報・分析・見識によって、「アジアからの孤立」を避ける責任があります。
  
  今日の日経の「直言」は東ティモール大統領ラモス・ホルタ氏のインタビュー。見出しは「米中二者選択をせまるな」。

 どうも「西側」の自由民主主義の称揚だけでは、「グローバル・サウス」はさっぱり白けているのが、広島のサミットで明らかになり、米国は軌道修正を図り始めたようだ。

 といって、勿論ホルタ氏は米国側のスポークスマンではない。スハルト軍事政権からの独立をグスマン氏とともに指導し、96年にはノーベル平和賞を受賞。また東ティモールは「世界銀行」の統計では「自由度」が高いとされている。

 この小国の大統領は中国の支援の迅速さ、利率の安さなどを語り、「西側」の怠慢を批判する。ここで西側はコンサル、専門家、報告書に「金をかけすぎ」とチクリ。
 またホルタ氏は「中国脅威論」を煽る言説に「もう少し冷静になれ」と言う。
 ウクライナ戦争についてもNATOに少なくとも部分的な責任があるとする(これは第三世界では「常識」)。

 日経側はホルタ氏を「ナイーヴ」だが、「東南アジア屈指の民主主義国」のトップの言うことだから重要、と「上から目線」。
 これには鼻白むが、軌道修正は明らかである。

 先日、カナダ議会で元武装SSのウクライナ人が演説した件でトルドーが謝罪。どうもこちらも構図が動きつつあるようだ。

  
  アフリカ大陸南部、タンザニア、アンゴラ、モザンビーク、ローデシアなどの地域は1970年代に脱植民地化が進みます。これに立ちはだかったのが、アパルトヘイトの南ア政府と米国・英国です。

 しかし、「植民地解放」の大義と社会主義国の支援により受け、タンザニアがまず独立。ポルトガルの植民地であったアンゴラ、モザンビークも続いて独立。
 この趨勢に危機感を募らせた南ア政府は米英の支援を受け、ナミビア、ローデシアを掌握。アンゴラとモザンービークを内戦に陥れる。所謂「子供兵」が養成されたのはこの時期。
  
 この情勢で天王山となったのはアンゴラ内戦。最終的には南アフリカ政府軍VSキューバ軍となり、キューバ軍勝利となり、一応形式的な「脱植民地」の道がかたまる。

 ところで、このアンゴラ内戦、国際的にはソ連・キューバVS南アフリカ、米、中国でした。

 つまり中国の「文化大革命」とは国際政治ではソ連を敵とみなし、ソ連の敵とはあたりかまわず同盟する政策。米国のキッシンジャーは巧みにこれを利用、米中同盟、エジプトのソ連との断交を導き出し、包囲の環を縮める。

 アフガン侵攻の際も中国は米国とともにムジャヒディーンを支援。こうなると公的イデオロギーは関係ない。

 国際政治とは事程左様に「複雑怪奇」なのです。

  
  イーロン・マスクがドイツの極右政党を支持する投稿をXに出し、波紋を広げているらしい。

 しかしドイツの極右政党(AfD)
の支持を公言するとは、これはもう「game  over」ではないか?

 AfDとは平たく言うと、ドイツの「維新」である。「反移民」を主張するが、歴史修正主義も伴っている。ドイツの「歴史修正主義」と言うと、これはもう欧州では空恐ろしい。とは言え、日本は極右が政権を居座っているので、人のことは言えないけれども。

 イーロン・マスク、いよいよ南アフリカの白人人種主義者の地金を隠そうともしなくなった、というところか。 

 南アのアパルトヘイト、実はWWII以後に完成され、中心にはナチスシンパも数多くいた。
 しかし、冷戦の文脈上、米国はこれを支え続け、日本企業も参入して法的に「名誉白人」のおこぼれを貰っていた。

 アパルトヘイト体制に立ち向かったANC、国内での同盟者はユダヤ系(ノーベル文学賞のN.ゴーディマなど)。

 また南アが支配したナミビア、内戦に介入したアンゴラ、モザンビークで黒人解放運動を支援したのはソ連・キューバ。
 これは思想としての共産主義評価とは別に歴史的に記憶されるべき。
 ブラジル、南アなどが「西側」に不信感を抱くのには理由があるのです。 
  
  「オープンレター」に対する呉座氏の無茶な「名誉棄損」訴訟、事実上の却下となったことはめでたい、と書いたのだが、考えてみれば私も「かわんご」氏から「名誉棄損」訴訟=「スラップ」訴訟を起こされているのだった。

 最近、年齢もあってか少し忘れかけていたのだが、たしか第一回期日は10月中だったような気がする。

 「かわんご」氏は、何と言っても横領容疑で逮捕された、三浦瑠麗氏の夫所有の、軽井沢にある千坪の別荘をポンと即金で買い取ってあげた大富豪である。

 「ニコニコ動画」なるメディアを角川に買い取らせ、役員に収まっているが、その際の買い取り価格は数百億単位ではないか?
 
 というのは、ZOZOの創設者の前沢氏がヤフーに売却した際の、売却益は2400億程度、と言われているからだ。

 そういう訳で、「かわんご」氏は多分金銭感覚が麻痺しているのか、私に「700万以上支払え」と訴状に書いてあったような気がする(今、見当たらないが、探せば多分家の中にある筈)。

 しかし「かわんご」氏は大富豪であるから、金銭目当てではなく、やはり「言論封殺」が目的なのだろう。

 いずれにせよ、「名誉」を賭けて21世紀のファシズムを粉砕する予定であることは変わりはない。
 
 しかし、まずは肝心の訴状を見つけないと・・・
  
 私はX(twitter)に全く無縁だったので、つい最近まで知らなかったのだが、鍵垢でありとあらゆる「マイノリティ」に対する罵詈雑言を吐いていた、日本中世史研究者の呉座勇一氏に対して「オープンレター」という批判の行為があり、それに対して図々しくも呉座氏は「名誉棄損」訴訟を起こしていたらしい。

 その訴訟に対して、事実上呉座氏の請求を却下する「和解」が成立したということだ。

 実は、その「オープンレター」のメンバーには私のよく知っている人もおり、これは大変ににめでたいことである。司法もさすがに常識を示したという所だろうか。

 しかし、Xで鍵垢にしてやはりありとあらゆるマイノリティ、リベラル・左派に対する「罵詈雑言」を吐いている苅部直という男がいる。東大法学部日本政治思想史講座教授。苅部とともに「スナック研究会」に参加した河野有里は、その手下であり、歴史修正主義者、坂本多加雄顕彰シンポジウムを共に執り行った。
 この河野有里、『世界』の熊谷前編集長の最後の特集、『戦後民主主義に賭ける』の発売当日に、「こんなマッチョな特集をやられてもな」とXに投稿。

 また苅部、安保法制の時に、あの細谷雄一と二人で「戦後左翼への先祖返り」とネガティヴ・キャンペーンを行う。

 要するに学界マフィアである。 

   
 nostr:npub1qda3jca95rfejefzd3hsr23cs88c67mr7tnjj833e3ez69twaqtq6ww9wh Mitsein のMは大文字です 
 @d068ea7e 

ですね。ご指摘ありがとうございます。

訂正)Mitsein 
  H.アレント、「最も独創的な人」と表現しましたが、「独創的な思想家の一人」が正確です。

 ハイデガーの直接の弟子のなかでは、最も「独創的」と言えるかも知れません。他にマルクーゼ、ハンス・ヨナス、亡命後一時東北大学で教えていたK.レーヴイットなどユダヤ系の著名人がいます。

 アレントの独創は「人間の条件」として「複数性」と「可死性」を挙げ、複数のアクターが「活動」する空間として「政治」を古典古代を参照しながら再定義したこと。この政治空間においてアクターは己の「生死」を賭けた「決闘」関係に入る。

 ドイツ哲学においては、「複数性」が最重要概念になることは少ない。ハイデガーの「共同存在 mitsein」は「ドイツ民族共同体」とほぼ同義。
 またK.シュミットの「決断」する「主体」はあくまで単数形。これは「多数者multitude」を出発点とするホッブスとも異なる。

 20世紀に入ってヘーゲル『精神現象学』「自己意識」におけるいて自己と他者の闘争が注目されるようになったが、ヘーゲルではそれは最終的に媒介され、理性へと上昇していく。

アレントはヘーゲル的歴史哲学の端緒を18世紀とし、「社会」による「政治」の浸食を批判。

ただそれは「決闘」の比喩でわかるように簡単に「ケア」と結びつくものではない。
  
  マイナ保険証の利用者、元々ほとんどいなかったのが、登録ミスが相次ぐ時勢を受け、ついに利用率5%を切ったとのこと。

 これは、一般市民の感覚としては当然だろう。
 
 いつも書いている通り、日本は元来「福祉国家」であったことはない。

 ただ、その中で「国民皆保険」制度だけは、いわば最初の最後の「砦」として機能してきた(ここが米国との違い)。

 しかし、「保険証廃止」を「納期」と言い放つ経済同友会幹事、新浪の指示に従っているのか、岸田政権はなにがなんでも「保険証」を廃止しようとしている。

 現在、厚労省の調査で、誤登録の全容が不明であるにも関わらず、だ。

 これでは、「反戦」ならぬ「厭戦的」生活防衛、あるいは生活破壊の恐怖心から、マイナ保険証利用者が減少し続けるのは、本居宣長ではないが、自然の心情である。

 しかし岸田政権、AIを活用した、自律型致死型システムの次世代戦闘機群開発ーしかもおそらくは無駄に終わるーには巨額の税金を三菱重工、三菱電機、IHIに投入、他方三菱系の新浪に「納期」を指示されているようでは、実際次の選挙にどうやって「勝つ」つもりなのか、他人事ながら心配にはなる。

 ハト派を演出したいのなら、一度立ち止まったほうがいいのではないか?

 
  
  しかし、30年以上前、駒場の図書館前で、東浩紀と話していた際、所謂「フランス現代思想」を政治理論に繋ぐ際、アレント(とベンヤミン)はちょうどよい「媒介」になる、と教えてあげた際は、「なるほど!」と感心していたが、結局これもルソー噺と同じく、よく読みもせず、なにやらアレントについて「好き勝手」なことを新著で書いているらしい。

 アレントの方は、ルソーと違って東浩紀の方は「覚えていない」かもしれないが、いずれにせよ、デリダやドゥルーズを「政治」に繋ぐのは東浩紀には無理。
 フーコーについては東はほとんど「読んでいない」ように見えたけれども。

 ただ、補足しておくと、私は東浩紀と「友人」だったことはない。大学院で高橋哲哉さんのデリダ購読のゼミで同席した折に、共通の知人に誘われて数回お付き合いしただけ。

あの頃は、東京の無教養な「オタク」だとは思ったが、現在のような邪悪な「ファシスト」になり果てるとは予想しなかった。

というよりも「邪悪さ」の片鱗は感じたけれども、世間がこんな幼稚な男を相手にするとは「予期しかった」が正確。

であるから、東浩紀が「問題外の外」であることは端からわかっていたことであって、むしろ問題は彼をプロデュースし、ここまで増長させた文化産業の構造の方にある、というべきだろう。 
  1950年前後に戻ると、「レッド・パージ」の際、共産党員とシンパは社会から放逐されたが、ニューヨーク在住のトロツキスト、メンシェビキ(D.ベルets)の知識人達(ユダヤ系)の「共産主義」=「全体主義」批判は米政府には都合がよかった。

「全体主義」という概念時代が元来、トロツキストによって練り上げられたもの。アレントの夫は元ドイツ共産党員。

アレントの『全体主義の起源』、反ユダヤ主義、帝国主義、ナチズムの叙述、さすがに鋭い部分も多く、ここは歴史家もただ無視するのではなく「批判的対話」を試みるべきだろう。

ただソ連の部分は図式的過ぎて、歴史的検証には耐えない。またアレントはスターリン時代のみを「全体主義」としたが、その後の米国政治学では反米社会主義をすべて「全体主義」とした。

 従って冷戦時代、米国はアジェンデ(人民戦線)やスカルノ(非同盟中立)を「全体主義」として打倒を正当化。また主流派政治学も「全体主義」よりも「権威主義的独裁」(ピノチェト、スハルトなど)の方が「まし」とした。

  「全体主義」概念の欠陥は日伊のファシズムを免罪する効果をもつこと。実際英語圏では日本は「軍国主義的独裁」とされることが多い。
 実際日伊のファシストは冷戦を利用して政治的に生き延び、ついに復活を遂げたとも言える。 
  H.アレント(1906生)、激動の20世紀の思想家の中でも、最も独創的な人ではある。独創性、という意味では、同じくハイデガーに影響を受けたデリダよりも上、だと私は考えている。

 ただ、実はデリダに関してはハイデガーよりもサルトルの影響の方が圧倒的であり、哲学としての精密性という点では勿論比較にならない。

 とは言え、アレントは着眼点は「天才的」だが、結論には私はすべて「反対」である。

 例えば、アレントは米国の公民権運動の際、連邦政府の介入を批判。これはアレント的な自治政治空間の侵害、となるからだが、この主張で行くと、黒人は永遠に「解放」されないことになる。

 また彼女は「政治」と「社会」の峻別を強調、「福祉国家」を「社会」による「政治」の解体、とみる。勿論「政治」と「社会」の概念的区別が18世紀にせり上がってきた、との指摘は重要であり、アレントも「社会」=「生」の必要性は認めているのだけれども。

 しかし一番アレント派に見落とされているのは『全体主義の起源』の悪影響だろう。
 この本が出版された1951年は「レッド・パージ」の最中でソ連(スターリン主義)をナチスと並べる見立ては、瞬く間に、メディア、政治学者に流用されていく。

 この「全体主義」概念、冷戦時代、米国に大変都合がよかった。 
  ポストモダニズム@Japanを凝縮し、東電・自民党擁護から一気に「反憲法学」宣言、言論封殺のファシストになり果てた東浩紀、やはり一度にポンと出てきたわけでもない。

 基本的には浅田・柄谷編集の『批評空間』から生み出された。また東をロール・モデルとして駒場表象周辺の自称「神々」たちのバイブルも『批評空間』だった。

 柄谷さんはどうも途中から東に批判的になったらしく、パリで会った時、「どうしてあんな適当な本(『存在論的・郵便的』を出したのか?」と聞いた時には、「いや、あれは浅田が書いたの!」と答えた。私は「それだと余計問題ですね」。

 この時私は浅田のレベルがこの程度なのか、と批判したつもりだったが、リライトの程度によっては、どちらが著者なのか、という問題も発生し得るのだろう。ただし、著者が年配の知り合い・友人に初稿を見てもらい、リライトするのは当然で、私はあくまであの本の著者は東浩紀だと思っている。

 問題は、浅田がそこまでしてプロデュースした東が「ネトウヨ」モンスターからファシストへと成長を遂げたこと。

 やはり浅田彰にはここらでコメントが必要だろう。

 柄谷さんはちょうど「朝日」で自伝的回顧をしているらしいので、そこで。ただ「ポストモダン批判をはじめたのは俺」はやめてほしいな。

  
  金子武蔵(1905年生)と同世代のヘーゲル研究者に早稲田の樫山欽四郎(1907生)がいます。

 20世紀に入るまではヘーゲルの主著とされた『大論理学』、『小論理学』の訳者。岩波文庫訳がある『小論理学』は、『精神哲学』、『自然哲学』とともに『エンチクロペディ』のトリアーデの一環をなします。とにかく、ヘーゲルは「トリアーデ」に取り憑かれた哲学者。
 平凡社ライブラリの『精神現象学』も樫山訳です。

 兄は大阪の実業家でオンワードホールディングスの創業者。樫山奨学財団を設立(欽四郎は理事)。このオンワードホールディングスは1966年に本社を東京移転。その意味では関西経済の衰退の象徴の一つとも言えましょう。

 ところで、この欽四郎の娘が劇団民藝の樫山文枝です。1966年のTVドラマ「おはなはん」で有名になり、67年の都知事選挙では美濃部亮吉とツーショットで写真に収まり、広報的に当選に貢献しました。今でも「改憲」反対の記事などでお見掛けします。

 さて、父欽四郎の方は、研究者としては金子武蔵と同じくパッとしません。哲学研究としては京都学派の方が遥かに上です。

 これはヒトラー・ユーゲント賞を貰ったことを生涯誇りにしていたハイデガー研究者川原栄峰と同僚、共訳なども出し続ける仲だったからなのか・・・ 
  岩波書店ヘーゲル全集の『精神現象学』の翻訳者、金子武蔵、なんと、あの鈴木商店(@神戸)の大番頭鈴木直吉の息子だった。

 金子武蔵、妻は西田幾多郎の娘、和辻哲郎の後任として東大文学部倫理学教授、文学部長。この人、実存主義についても解説書を書いているが、今日から見ると、全く的を外している。また戦中・戦後の時局への関りも、控えめに言っても「あまり褒められたものではない」。

 『精神現象学』の「翻訳問題」に関しては、ヘーゲルの原書がある意味、難解極まるものであるので、致し方なしと言える。そもそもドイツでも『精神現象学』の再読は20世紀になってから始まる。
 
 これが仏に導入されるのは、サルトル、イポリット、メルロー=ポンティ世代。ただ、この当時はヘーゲルは仏の大学からは締め出されており、基本カント哲学(今でもやはり主流はカント)。

 鈴木商店はWWIにおける戦争特需で急成長、売り上げは一時三井、三菱を大きく上回ったが、株式会社化を拒否し、系列銀行をもたなかったため、1927年昭和恐慌にて倒産(この時、止めをさしたのは三井)。

 神戸製鋼、日商岩井(双日)、帝人、太平洋セメント、東圧、IHI、サッポッロ/アサヒビールなどが鈴木商店の後継企業。大方、鈴木を倒産させた三井系に回収された。

   
 「日本、次世代戦闘機開発で自律型致死システム導入へ」

 現在、生命倫理、動物倫理とともに問題になっているのが、AIによる自律型致死システム。

 先に日本政府は43兆の軍事予算によって、第6世代の戦闘機の共同開発(英・伊)を決定。

 第6世代の戦闘機とは、戦闘編隊のコアには有人戦闘機、それに無人機、警戒機を配備するコンセプト。

 当然これは自律型致死システムとなる。

 しかし、現在憲法によって戦力を保持さえ禁じられている日本で、AIによる最先端の自律型致死システムを議論なく導入する、ということはあり得ない筈。

 ところで、この開発に日本側で参加するのは、おきまりの三菱重工、三菱電機、IHI。
 しかし、日本の軍需産業、今やミサイルは墜落、ジェット機は飛ばない、装甲車はポンコツ。このような最先端の開発ができるとは考えにくい。大学を動員するにしても、2035年の配備は常識的には無理だろう。

 となると、税金から割かれる43兆円を投入するこの開発、要するに軍需企業3社への「補助金」となる可能性が高い。

 倫理的にも、技術的にも、どうやら破局に至るまで「止れない」のだろうか?

 しかし、その前にバブル崩壊、さらに円安が進み、外国人労働力も去り、廃墟となる蓋然性の方が高い気がするけれども。 
  「生命倫理と動物倫理」

 さて、犬、猫などペットのクローンとしては韓国の黄教授が有名です。2005年にはじめて犬のクローンに成功したとされ、多くの日本の富豪なども2010年代には、ペットのクローンのために韓国の黄教授の研究室に依頼し、この頃には1000万から1500万程度の費用だったと記憶しています。

 その後、黄教授は、さまざまな不正が発覚して、「懲戒解雇」、現在はアブダビの研究所で、競争レース用のラクダのクローンに取り組んでいます。

 ところで、この犬、猫、ラクダのクローンですが、実は「生前」の体の一部から「再生」というと、まるで1対1対応のように聞こえますが、これは全く違います。

 クローンの過程で「失敗」例が数多くあり、その「クローン」はすべて「処分」され、比較的「元」の犬、猫に近いものがクライアントに渡されるのです。

 このような「失敗」クローンの大量の殺処分、生命倫理的に許容されるべきなのか否か?
 これは考える余地がありそうです。

 「人」のクローンは原則禁止です。では動物のクローンなら許されるのか?
 これは動物倫理とも関わってくる大きな問題です。

  
   現在の中上流の宗教である、テクノロジー教のキャンペーンが最近、メディアに周期的に登場する。

 その際、「神の領域」、「特異点」などの仰々しい表現も必ずついてくる。

 日本では、死後頭部切断、冷凍保存して、後AIに脳の情報を転換、さらにAIを電子信号化して、地球の熱死を超えた「不老不死」噺はまだあまり「受けない」。しかし、米国ではこのために契約書をつくり数百億、数千億の「投資」をする大富豪(白人男性)があまたいる。

 ただし、犬や猫などのペットのクローンは米国、イスラエル、東アジアではすでにかなりポピュラー。現在中国では犬が5万ドル、猫は4万ドル、というから以前よりはだいぶ安価になった。

 しかし、イスラエルの例はある意味衝撃的だ。25歳の息子が事故で亡くなった時、母の咄嗟の判断は「精子を取り出せ!」。精子凍結で代理母を見つければ、「孫」を養育できる。

 裁判所は許可を出したが、政府が「当人の同意がない」とストップ。上級審でも「死後生殖」は認められなかった。

 「ひと」である限り避けられない「死」と「別れ」。
 できればそれを「避けたい」のは人情としてわかるが、「テクノロジー」によって「不老不死」を望むのは、いわば始皇帝の「仙薬」と同じ。
 人の心の弱さにつけこむビジネスという他ない。 
 「維新政治はポピュリズムか?」

 「維新」と聞けば、「仮想敵」をでっち上げ、暴力的な感情を煽る言説が目立つポピュリズム、との見方があり、それは勿論半面の真実でもある。

 しかし政治学的にポピュリズムと呼ぶには維新に対する支持は少ない。

 大阪府議会で単独過半数を占めた2011年に府議を3割(30人)減らし、1人区は全体の7割。維新は確かに比較第一党であるが、有権者比26%の支持。

 今年4月に過半数をとった大阪市でも定数81の14%にあたる11人を削減。府議会と同じ仕組みで、有権者25%で6割の議席がとれるようにした。

 直近の堺市長選でも明らかになったように、棄権した層の維新支持は低い。

 この構図は実は全国規模の自民党の得票率と議席との関係に相似している。
 国政では比例分があるので、まだ議席のバランスがとれているけれども。

 維新が大阪を支配するようになってから10年以上経つが、新自由主義「特区」になるだけであって、一般市民の生活はさっぱり向上しない。

 その意味では、オルタナティヴを制度的に抹消する、「権威主義的独裁」+ウルトラ新自由主義の側面がせりあがっている、とも言えるかも知れません。
  
 BT)まさに。「引きこもり」問題は、教育・学歴を統合の要とした近代日本150年の危機です。

 ここに群がる「ヤクザのしのぎ」まがいのビジネスが大量発生しており、これはこのままでは拡大していってしまいます。

 また全面オン・ライン授業の問題点は、学校側が生徒が「監禁」されているかどうかをチェックする機能がないことです(あるいはあえてチェックしない)。
 リアルな校舎やクラス、校庭があれば、いくらなんでも「監禁」されている少年たちがオン・ラインで授業を受け、親がその「監禁」費と授業料を払う、と言うことはない筈です。

 またこの問題は現在日本が、厚生年金世代の親に50代以降の「子供」が経済的に「依存」している構図の一つでもあります。

 というのも、結局親は1千万から数百万の「監禁」費用を支払っているからです。 

 いわば戸塚ヨットスクールの全面化というべき事態が広がっている、ということです。

 ここまで来るとまさに「社会」の解体の危機です。

 かような時に、全面オン・ライン学校法人をただ礼賛しているマスメディアは一体何を考えているのか?

  
  現在、男性を中心とする「引きこもり」が大量に発生していることが、大きな社会問題になっていることは、しばしば投稿し、また『現代思想』4月号でも指摘しました。

 この「引きこもり」は10代から50代までの年齢層、目黒区の調査では四分の一世帯で「引きこもり」の人がいる、という結果もある。

 この状態は家族にも当然大きな負担になります。そこで「引き出し屋」の登場です。

 家族の「依頼」を受けるが、ただし本人の「同意」なしに「拉致」し、引き出し業者の経営する寮に監禁し、就学年齢であれば、オンラインで授業を受けさせ、卒業すれば人材派遣でピンハネする。

 しかも、この「引き出し」に当たっては数百万から1千万単位の「手付金」を親から受け取ります。そしてオンラインの授業料も当然親が払う。

 居住環境は、基本「タコ部屋」状態のことが多い。個室に入れるのは「懲罰房」の時のみ。これでは監獄と変わりありません。部屋には鉄格子がついている所もあります。

 直近ではノースガイアという「引き出し屋」から50歳男性が逃亡し、某ユニオンに保護される事件がありました。

 ノースガイア、湘南と御殿場に「監獄」を持ち、「オンライン授業」も 備えていた。

 ところで、この「引き出し屋」にオンライン授業を提供していた団体とは? 
  来年4月23日発売予定の単著の総論部分、「自由主義・民主主義・社会主義」、おおよそ「トルソー」の部分は堀り終った。

 あと一週間かけて、無駄な部分を削り、滑らかにする作業に入る。

 しかし、形式的は「無駄」に見えても、内容上「必要
な部分が必ず出てきて悩ましい。

 いずれにせよ、この総論部分は仕上げて、10月には「どわんご」さんと名誉を賭けた期日に挑む。

 ところで、この新単著、4月に立ち上げられる新出版社熊谷書店から上梓される予定です。

 熊谷さんは岩波が「ど右翼」・「セクハラ」の坂本社長に乗っ取られてから、21世紀のリベラル・左派の最後の拠点として『世界』編集長を背負ってきた人。

 熊谷さんの編集長時代、すべての雑誌売り上げが激減する中、『世界』だけは売り上げが伸び続けました。いまや文化産業・メディアの「総右傾化」の中で、リベラル左派の市場は巨大なのです。

 しかし、なんとしても熊谷『世界』を潰したい坂本社長、数年間の「嫌がらせ」の後、ついに強権発動で熊谷編集長を更迭。

 ここに至って熊谷さんは、もはや敢然と岩波を退社、新出版社立ち上げを決意。

 私も熊谷さんへの連帯として、3冊目の単著を4月上梓に間に合わせる、と約束しました。

 新出版社の行方、どうかご注目下さい! 
 @a37cae70 

 米国における法人人格については、ご指摘の通りだと思います。

 19世紀においては、英国が世界システムの中心であったので、まず英国、次に仏・独・米、最後に日本の順になります。

 米国は、元来「競争」を重視す地域ではある、法人格を取得した大企業による「独占」への批判も強く、それが世紀転換期の「革新主義」として政治にも反映され、それが1890年のシャーマン法を中心とした「反トラスト」法群の成立と繋がったという流れだと思います。

 ただ、この時点での米国は対外的には保護貿易主義。これをリストがドイツの保護貿易主義理論へと練り上げます。つまり自由貿易主義は世界システムの中心国家の掲げる理論なのです。

 米国内に戻ると、スタンダード・オイルを中核とするロックフェラー財閥は、「反トラスト法」との駆け引きを続けますが、1911年最高裁の判決で34の新会社に分割。

 この「反トラスト」・「反独占」の流れはニューディール左派へと続き、WWII後の戦後改革における「財閥解体」と「独占禁止法」・「公正取引委員会」となります。

 講和後の日本の経済史は大企業が、この独占規制の枠を骨抜きにする過程だったとも言えます。21世紀現在は、巨大法人企業を規制するものは、ほぼなくなったと言えます。 
 『資本論』に株式会社分析がないことの意味

 現在、いわゆる「大企業」と呼ばれる組織は、ほぼ全て株式会社です。

 従って現代資本主義の主要なアクターは、株式会社=法人です。

 しかし、一方マルクスの生前に出版された『資本論』第一巻には、株式会社分析はありません。

 英国では1720年の「南海泡事件 South Sea Bubble」移行、一般の株式会社は1856年まで禁止されており、『資本論』執筆時点では、有限株式会社は存在していなかったためです。

 マルクス死後エンゲルスによって編集・出版された第ニ巻、第三巻にも銀行資本への着目はありますが、有限株式会社の形をとった巨大法人資本主義の分析はありません。

 従って、現代資本主義分析にあたり、単に『資本論』へ立ち戻るだけでは、不十分なのです。

 現在、地球生態系への負荷を始めとする、資本主義の危機が語られ、『資本論』に返れ、となる議論には、どこか「現実感」がないのはそのため。

 法人資本主義の視点がなければ、多国籍企業論も出てきません。

 例えば柄谷行人さんのマルクス論には、こうした視点が全くない。

 また『資本論』には国家論もない(これは従来から指摘あり)。

 このあたり、人文系のマルクス論、根本的な刷新が求められている所です。
  
 訂正)

1720年の「南海泡事件」移行(誤)

以降(正)

 世界史で有名な「東インド株式会社」は?という疑問もあるかと思います。

 実は、東インド株式会社は実際の所、インド植民地経営のための国営企業であって、国王の許可があってはじめて法的に成立するものです。

 「許可制」と呼ばれる、株式会社法の要件を満たせば成立可能な制度は1856年以降はじめて可能になります。

 この制度によって、企業資本はさらに巨大になり、また現在に至るように株式市場が金融市場として大きな役割を果すようになります。

 このサイクルが一度終了するのが、1929年のウォール・ストリートの「暴落 crash」です。

 
 
  
  「ジャニーズに対する「社会的制裁」について、企業からのCMのボイコットとして「市場」による制裁のかたちをとっていることには、立ち止まって考えてみるべき」と偉い東大教授が仰っているので、少し立ち止まって考えてみる。

 出発点はジャーニー喜多川なる男が数十年に渡って、ペドフィリア行為を続け、被害者が少なくとも数百人はいる、という事実。

 この男の行為は「刑事犯罪」であり、検察も書類送検している。

 ただ、この「犯罪」を容認・隠蔽・加担した構造については、法的には「お咎めなし」とされた。

 そこで「社会的制裁」云々、ということになる。つまり法的「無罪」だとしても「常識」としては、この組織に対する何のペナルティもないのは不自然。

 何と言っても「ジャニーズ」というロゴは「ジャニーのものたち」という意味だ。

 これでは性的加害を生み出した構造を刷新している、と私は感じないし、企業も契約しにくいだろう。

 むしろ、「ジャニーズ」は一度倒産させて別会社とし、社名を変え、社長や役員の過半数は外部から迎える、とした方が、事務所所属の若いメンバーも契約しやすいのでは?

 しかし「自発的(秘密)結社」である京大ガラパゴスはどのように自己批判すべきだろうか?

 被害者ではなく関係者が声を挙げるべきでは? 
  ジャニーズ問題、少なくとも数百人というペドフィリア行為の被害者を出し、しかもそれが構造的な問題、であれば、私個人としては一度倒産させて「ケジメ」をつける、のが自然だと思えるだけれども。

 これは日本社会における「企業=家」という観念の根深さとも関係があるかも知れない。情動的な忠誠も未だ独占している。

 東電にしても、倒産させて被害賠償に資産をあてたとしても、電力供給は維持でき、一般社員はその業務に従事できる。このことがそもそも広くは知られていないのでは?

 勿論原発政策は、国家(経産省)、財界、東電によって「国策」として進められたものであるから、面子もあるし、倒産させた場合の大株主(大企業・東京都)の損害が大きい、ということもある。

 しかし、それにしても日本の大企業の統合力は凄い。全労働者の1-2%を占めるに過ぎないが、社会への影響力は絶大。

 社員達まで昔の大名家家中気取りで「やたらと偉そう」であるが、こちらはいい迷惑である。

 今年は例年にない「賃上げ」と言うが、それは大多数の労働者と無縁の話。

 連合という組織もそうだが、メディアも完全に傘下にある。

 これでは一般市民の実感との乖離は進むばかり。

 投票率がさっぱり上がらないのはその表れではないだろうか?

  
  ジャニーズに対する契約打ち切り続発に、「社会的制裁」・「イジメ」の懸念を表明する大学の先生方がおられるが、私は少しばかり違和感を覚える。

 いつも言っている通り、私は芸能界には疎い。しかし、構造的に、性的加害を大量に生み出し、しかもそれを「隠蔽」する体質の組織であったのなら、やはりその構造そのものを変える必要があるのではないか?

 確かに、契約をしていた芸能人がいきなり「打ち切り」となるのは困るだろう。

 となると、常識的には「ジャニーズ」という会社は一度倒産・解散して、新しい組織に改組し、「性的加害」システムに関与していなかった人たちを幹部に据えるのが常道ではないだろうか?

 ところで、私がよく知っている人文思想業界の「京大ガラパゴス」問題は、いまだ「性的加害」について「公然の秘密」のまま推移している。

 こちらの方は、「牛魔王システム再起動」防止のための、「真相究明」にはほど遠い状態である。

 何度も言っているが、被害者のの負担を考えると、直接の加害者ではない、傍観者が「事実」を「公共的に」に確認し、ケジメをつけることが人文思想業界の信用回復に繋がると私は考えるが、どうだろうか?」 
 「アジェンデはエピキュリアンとして生き、ストア派として死を選んだ」で始まる「ルモンド・ディプロマティーク」の記事の著者、ゲバラとともにボリビアで逮捕された、あのR.ドブレである。

 まだ生きていたのかー

 1940年生れだから83歳ですね。

 支配階級出身のドブレもENSでアルチュセールにオルグされ、極左マルクス主義へ。

 1967年ボリビアでゲバラとともに逮捕された際は生命も危うかったが、ド・ゴールと親しかった母親の介入で一命をとりとめ、禁固30年。

 しかし、こうなればサルトル、ド・ゴール、はてはローマ教皇まで介入して、1970年には釈放、チリに向かう。ノーベル賞作家P.ネルーダとも親交を結んだ。

 1973年のアジェンデ打倒の軍事クーデターにも立ち会い、軍事政権成立後、フランスに帰国。1981年からのミッテラン社会党政権では外交顧問。

 1940年生のノルマリアン、というとバリバール、ランシエール、マシュレーといった面々とほぼ同期生。Aバディウも、ENSで同期だが、サルトルの影響下に哲学を構築。ただ、サルトルを「超える」までには至らなかった。

 マシュレーとバリバールとはパリ滞在中に会って話したことがある。その頃にはマシュレーはすっかり「ノンポリ」。バリバールはいい人だった。 
 「アジェンデはエピキュリアンとして生き、ストア派として死を選んだ」で始まる「ルモンド・ディプロマティーク」の記事の著者、ゲバラとともにボリビアで逮捕された、あのR.ドブレである。

 まだ生きていたのかー

 1940年生れだから83歳ですね。

 支配階級出身のドブレもENSでアルチュセールにオルグされ、極左マルクス主義へ。

 1967年ボリビアでゲバラとともに逮捕された際は生命も危うかったが、ド・ゴールと親しかった母親の介入で一命をとりとめ、禁固30年。

 しかし、こうなればサルトル、ド・ゴール、はてはローマ教皇まで介入して、1970年には釈放、チリに向かう。ノーベル賞作家P.ネルーダとも親交を結んだ。

 1972年のアジェンデ打倒の軍事クーデターにも立ち会い、軍事政権成立後、フランスに帰国。1981年からのミッテラン社会党政権では外交顧問。

 1940年生のノルマリアン、というとバリバール、ランシエール、マシュレーといった面々とほぼ同期生。Aバディウも、ENSで同期だが、サルトルの影響下に哲学を構築。ただ、サルトルを「超える」までには至らなかった。

 マシュレーとバリバールとはパリ滞在中に会って話したことがある。その頃にはマシュレーはすっかり「ノンポリ」。バリバールはいい人だった。 
  件の東大教授「国鉄解体が、労働組合つぶしを狙った国家的陰謀であったという話はよく聞くし、多分一半の事実」とも言っている。

 しかし国鉄解体云々は「国家的陰謀」、「多分一半の事実」という不確かな話ではない。

 時の首相中曽根康弘本人が後に堂々と「社会党解体を目的とした、そのためには総評を解体する、さらに総評内部の戦闘的な国労をつぶす戦略的作戦」と得々と語っている。
 また全電通(山岸)、NTTの真藤恒などとの関係から、「一半」ではなく、「主目的」であったことはもはや「現代史」の常識に属する。

 また「WWII戦後民主主義の主翼を担った外国語学・文学系」というのも正確ではない。80年代の人文系は基本的に「全共闘」出身の教員が多く「戦後民主主義」支持の言説を私は学生の立場から聞いた記憶はない。

 東大駒場で言えば、渡邊・蓮実・小林康夫など「おフランス」の「反民主主義」者。本郷の教員はセクトに所属しながら、全共闘のメンバーだった面々。渡辺一夫を否定して「我々はサラリーマン」と斜に構えながら、学生募集の文章には「渡辺一夫以来のユマニスムの伝統云々」と書いているのだから、語るに落ちたとはこのこと。

 付け加えると、日文研の鈴木貞美や加藤典洋といった詐欺師たちも東大仏文全共闘、戦後民主主義粉砕派だった。 
 「アジェンデはエピキュリアンとして生き、ストア主義者として死んだ」で始まる「ルモンド・ディプロマティーク」の記事の著者、ゲバラとともにボリビアで逮捕された、あのR.ドブレである。

 まだ生きていたのかー

 1940年生れだから83歳ですね。

 支配階級出身のドブレもENSでアルチュセールにオルグされ、極左マルクス主義へ。

 1967年ボリビアでゲバラとともに逮捕された際は生命も危うかったが、ド・ゴールと親しかった母親の介入で一命をとりとめ、禁固30年。

 しかし、こうなればサルトル、ド・ゴール、はてはローマ教皇まで介入して、1970年には釈放、チリに向かう。ノーベル賞作家P.ネルーダとも親交を結んだ。

 1972年のアジェンデ打倒の軍事クーデターにも立ち会い、軍事政権成立後、フランスに帰国。1981年からのミッテラン社会党政権では外交顧問。

 1940年生のノルマリアン、というとバリバール、ランシエール、マシュレーといった面々とほぼ同期生。Aバディウも、ENSで同期だが、サルトルの影響下に哲学を構築。ただ、サルトルを「超える」までには至らなかった。

 マシュレーとバリバールとはパリ滞在中に会って話したことがある。その頃にはマシュレーはすっかり「ノンポリ」。バリバールはいい人だった。 
 「大学旧教養部改組が、WWII戦後民主主義の主翼を担った外国語学・文学系潰しの国家的陰謀であった、という稗史的俗説はいかがかな。」と言っている東大の先生がいる。

 これは、私も、少しだけ調べてあとは放り出しており、確たることは言えない。

 ただ、例の中沢駒場騒動事件が1987-88であり、教養部廃止が1991年である。

 中沢側に立った、西部邁、公文俊平、佐藤誠三郎、村上泰亮は日文研系列となり、また国鉄解体を主導した中曽根康弘と密接な関係があった。また村上の父親は戦前の文部官僚の大学関係担当官である。

 実際、大学教養部解体は、確たる「大義名分」のないまま行われた(勿論国立大学法人化も「公務員減らし」の数合わせのためだったが)。

 結局「リベラルアーツ」としての「教養」の必要性は変わらないので、「普遍教育」という不正確な名前で今に至っている(ちなみに「教養」とは「普遍性」とは何か?を問う場でもある)。

 中沢事件の際、芳賀、平川、小堀の「ど右翼」三人組と蓮実が中沢支持に回ったことは先に述べた。「ど右翼」達はサントリー・日文研へと合流。

 蓮実は後に東大総長となったが、やったことと言えば東大教員の定年を5年延ばすことだけだった。

 さて、先の仮説の東大教授、自分の立ち位置は?
  
 「猿の惑星」と赤狩り

「コーネリアス」とは映画「猿の惑星」の登場人物の名前らしい。

 コーネリアスの妻、ジーナ博士を演じるキム・ハンターはアクターズ・スタジオ出身、1952年『欲望という名の電車』のステラ役にてアカデミー助演賞を受賞するも、この際すでに始まっていた「赤狩り」の影響で、式には出席せず、ベティ・ディビスが代理人として受賞した。
 その後「赤狩り」が激しく中でブラックリストに入れられたキム芸能界を引退、1963年の『猿の惑星』でようやくハリウッドに復帰。

 脚本のM.ウィルソンもD.トランボらとともにハリウッドから抹殺。その間、メキシコでH.ビーバーマンの『地の塩』(これは傑作)、『戦場にかける橋』、『アラビアのロレンス』などの脚本を匿名で担当、クレジットにはウィルソンの名前は出なかった。

 日本での「赤狩り」は1950年代初期で収束し、大学には及ばなかったが、米国では1960年代まで「赤狩り」は持続し、日本の戦後改革に関わった多くのニューディール左派の研究者が大学を追われることとなった。非米活動委員会は正式に活動終了したのは1975年。

 日本の1968年が大学内部でのみ、「過激化」できた背景の一つは、「リベラル左派」が大学教授の主流派(特に東大・京大)であったことに拠る。
  
  スパルタカス東大教授、せっかく先日は「どうしようもない」稲葉振一郎に対して、「左翼中年」を宣言し、少し「正道」に立ち戻るかと思ったのに、今度はアジェンデ打倒クーデター50周年の日に、周りの目を気にした「文学少年」振りを発揮している。

 私に対しては「極左」を自称していたが、笑止千万である。

 大体、日本の新左翼はアジェンデ政権が「人民戦線型」の議会主義であることを理由に、「あれは代々木(日本共産党)の得にしかならない話」などと全くナンセンスな主張をしていた、特に京大ブント。

 京大ブントの「新左翼おじさん」達に高級料亭で、酒を注ぎながら、話を合わせていたスパルタカス君、当然、その立場な筈である。

 しかし、ラテンアメリカの左翼であの軍事クーデターを、そのように「党派」的な話で片づける人間はいない。

 スパルタカス君はそれも知った上で、フランス人やアルゼンチン人に対しては「まとも」な左翼を演じている。

 君、せめて稲葉や宇城輝人、岸政彦を批判できるようになれよ。

 ま、東浩紀といちゃついているようでは無理か?

 ところで、チンパンジーでも幼年期は「甘やかしてもらえる」けれども、青年期は「社会化」のための厳しい期間だということを知ってるか?
 「仮面の告白」演じている間に人生終わるぜ。 
 @a2a19c2c 

 ああ、この人ですか!同世代なので、名前は聞いたことがあります。

 たしか「フリパーズ・ギター」というバンドを小沢健二と一緒にやってた人ですね。

 たしか大学院時の友人の知り合いが、この人の当時の「彼女」で「性格悪い」と聞いた記憶がうすぼんやりとあります(ただ、これはあくまで伝聞の記憶なので、実際はどうかわかりませんが)。

 「出会い直すために」と言われても、一度も「会ったことない」人ですし、何やら「会いたい」とは思えない感じですね。

 
 

  
  片岡大右さん、という人は「知っている」が、片岡さんが擁護したという「コーネリアス」って誰? 
  さて、動物行動学の発展に関して言うと、フーコーの『言葉と物』出版時点は、まだローレンツ段階である。

 その後、『利己的な遺伝子』で知られるR.ドーキンスとそれを批判するフランス・ドゥ・ヴァ―ルの世代で劇的に進化した。これは一つには分子生物学の知見が応用されたこと、二つにはアフリカにおけるチンパンジー、ボノボ、ゴリラなどの類人猿の継続的観察が可能になったこと、三つには観察技術が飛躍的な発達がある。

 現在、チンパンジーに関して言うと、言語は勿論、学習、自己認知、されに「メタ認知」(自分が知っていることを知っている)をも備えていることは分かっている。自己認知に関しては、人と変わりない時期に現れる。

 「死」については、チンパンジーは「他の個体」が「死んだ」ということは理解する。
 ただ、自分が「いずれ死ぬ」ことを理解しているのか、ここがまだ分からない。

 また「人」が持っているような「過去・現在・未来」という三つの契機によって構成される「時間」意識があるのか、どうかこれはまだわからない。

 しかし個体識別に基づいた、音声言語による「情報・情動」のコミュケーションは鳥類の多くにもあることがわかっている。

 であるから、80代現代思想で前提とされた人と動物の区別は完全に「時代遅れ」なのである。 
  石原俊明治学院大学教授、ついに「ジャニーズ」についても部分的擁護をし始めたようだ。

 どうも、「ジャニーズ」は所属タレントの「アフターケア」について「先進的」であったということだ。

 いやー、これは驚きである。

 私はジャニー喜多川という男について今回の事件まで知らなかったくらい、芸能界には疎い。
 しかし、これだけの「性的加害」が明らかになって、部分的には「先進的だった」というのは私の理解を絶している。

 これを大学・文化産業の「ジャニーズ問題」とも言える京大ガラパゴス問題と比較するとどうなる?

 確かに、浅田彰の周囲に群がることで、様々な利益配分があったことは確かである。具体的に列挙できるが、それは今はやめておく。ただ、石原教授も利益配分に与っていたことは指摘しておこう(本人はご不満な様子だったが)。

 他方大学院に進学したものの、「アフターケア」なしに厳しい世間に放り出される人たちが多いのも事実。

 しかし、これを以て京大ガラパゴスが「先進的」だった、と評価できるだろうか?

 芸能界にまるで疎い私からは石原教授がジャニーズに例えてガラパゴスの擁護をしているようにしか聞こえないのである。

 ところで宇城輝人さんも「牛魔王システム再起動阻止」のための「参考人」資格がある筈である。 
  「ミゾジニー爆発」の宇城輝人さんの「逆切れ」 

 岸政彦さんのお友達である宇城輝人というお人が、私のことを「キサマ誰だ!」とキレているらしい。
 
 私はもちろん本名で投稿しています。

 岸さんの評価についてはあなたが「お知り合い」でもある筈の酒井隆史さんにお聞きになるか、あるいは酒井さんの近著『賢人と奴隷とバカ』をお読みになるとよろしい。

 ちなみに私は岸さんにゼミに出ていた学生さん達や編集者さん、それに複数の研究者のお話を総合して書いております。

 「マッチョ」・「ミソジニー」に関してはご自分もハビトゥスを共有しているので、スルーされてしまうのだろう。何と言っても安保法制の際、調子に乗ってSNSに上野千鶴子さんに関して「恥ずかしすぎる」投稿をして、友達であった筈の北田さんにも「見捨てられた」お人である。

 ところで、宇城さん、スパルタクス君のXの所に周期的に「南無阿弥陀仏」という嫌がらせ突撃を繰り返しているようだが、あれはやめるべきだと思う。

 私はスパルタカス君の投稿で「おかしい」と思ったことがあったら、一応筋道たてて批判しています。

 仮にもあなた関西大学教授でしょ?恥ずかしくないのですか?

 あるいは「あの事件」でもう「恥も外聞」もなくなったのかも知れませんね。 
  「ミゾジニー爆発」の宇城輝人さんの「逆切れ」 

 岸政彦さんのお友達である宇城輝人というお人が、私のことを「キサマ誰だ!」とキレているらしい。
 
 私はもちろん本名で投稿しています。

 岸さんの評価についてはあなたが「お知り合い」でもある筈の酒井隆史さんにお聞きになるか、あるいは酒井さんの近著『賢人と奴隷とバカ』をお読みになるとよろしい。

 ちなみに私は岸さんにゼミに出ていた学生さん達や編集者さん、それに複数の研究者のお話を総合して書いております。

 「マッチョ」・「ミソジニー」に関してはご自分もハビトゥスを共有しているので、スルーされてしまうのだろう。何と言っても安保法制の際、調子に乗ってSNSに「恥ずかしすぎる」投稿をして、友達であった筈の北田さんにも「見捨てられた」お人である。

 ところで、宇城さん、スパルタクス君のXの所に周期的に「南無阿弥陀仏」という嫌がらせ突撃を繰り返しているようだが、あれはやめるべきだと思う。

 私はスパルタカス君の投稿で「おかしい」と思ったことがあったら、一応筋道たてて批判しています。

 仮にもあなた関西大学教授でしょ?恥ずかしくないのですか?

 あるいは「あの事件」でもう「恥も外聞」もなくなったのかも知れませんね。 
  「ミゾジニー爆発」の宇城輝人さんの「逆切れ」 

 岸政彦さんのお友達である宇城輝人というお人が、私のことを「キサマ誰だ!」とキレているらしい。
 
 私はもちろん本名で投稿しています。

 岸さんの評価についてはあなたが「お知り合い」でもある筈の酒井隆史さんにお聞きになるか、あるいは酒井さんの近著『賢人と奴隷とバカ』をお読みになるとよろしい。

 ちなみに私は岸さんにゼミに出ていた学生さん達や編集者さん、それに複数の研究者のお話を総合して書いております。

 「マッチョ」・「ミソジニー」に関してはご自分もハビトゥスを共有しているので、スルーされてしまうのだろう。何と言っても安保法制の際、調子に乗ってSNS「恥ずかすぎる」投稿をして、友達であった筈の北田さんにも「見捨てられた」お人である。

 ところで、宇城さん、スパルタクス君のXの所に周期的に「南無阿弥陀仏」という嫌がらせ突撃を繰り返しているようだが、あれはやめるべきだと思う。

 私はスパルタカス君の投稿で「おかしい」と思ったことがあったら、一応筋道たてて批判しています。

 仮にもあなた関西大学教授でしょ?恥ずかしくないのですか?

 あるいは「あの事件」でもう「恥も外聞」もなくなったのかも知れませんね。 
  「ミゾジニー爆発」の宇城輝人さんの「逆切れ」 

 岸政彦さんのお友達である宇城直人というお人が、私のことを「キサマ誰だ!」とキレているらしい。
 
 私はもちろん本名で投稿しています。

 岸さんの評価についてはあなたが「お知り合い」でもある筈の酒井隆史さんにお聞きになるか、あるいは酒井さんの近著『賢人と奴隷とバカ』をお読みになるとよろしい。

 ちなみに私は岸さんにゼミに出ていた学生さん達や編集者さん、それに複数の研究者のお話を総合して書いております。

 「マッチョ」・「ミソジニー」に関してはご自分もハビトゥスを共有しているので、スルーされてしまうのだろう。何と言っても安保法制の際、調子に乗ってSNS「恥ずかすぎる」投稿をして、友達であった筈の北田さんにも「見捨てられた」お人である。

 ところで、宇城さん、スパルタクス君のXの所に周期的に「南無阿弥陀仏」という嫌がらせ突撃を繰り返しているようだが、あれはやめるべきだと思う。

 私はスパルタカス君の投稿で「おかしい」と思ったことがあったら、一応筋道たてて批判しています。

 仮にもあなた関西大学教授でしょ?恥ずかしくないのですか?

 あるいは「あの事件」でもう「恥も外聞」もなくなったのかも知れませんね。 
 「岩波書店の迷走」ー「ど右翼」・「ミソジニー」の坂本社長

 現在、岩波書店、社長の座が「ど右翼」の坂本政謙氏の手に落ちてから、迷走が続いていることは何度か投稿しました。

 この坂本氏、実は1990年代から研究者界隈や学術系編集者の間では「札付き」の悪評の持ち主ではあった。

 「反PC」、「反人権」を公言する「マッチョ」を体現する男で、さすがに当時の岩波の上司からも「困った奴」と見られていた。

 それが不満な坂本氏は、私の知り合いが温和な人であることをいいことに、「企画打ち合わせ」と称して旅費や宿泊費は「経費」で落として、彼の研究室に乗り込み、ひたすら「如何に自分が岩波で不当に低く評価されているか」とまくし立てて続けていた。その際、当時の上司や岩波の「人権」派が罵倒の対象となったことは言うまでもない。

 編集局長・役員時代は、自分のデスクの上に、グラビアアイドルの水着写真をでかでかと置き、「環境セクハラ」を何年も続けていた。当然、これは部下への「踏み絵」にもなる。

 挙句の果てにリベラル左派の熊谷『世界』編集長をー異例の販売実績にも関わらずー更迭。

 それでいて、吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」の売り上げで「赤字」を埋めようというのであるから、「退廃と倒錯」、ここに極まれり、である。 
  東浩紀、岸政彦さんとのトラブルは一応「泥酔」の上でのこと、として「訂正」・「謝罪」したらしい。実際、現在新著・旧著合わせて販売中であるから、これは営業的にもまずい。

 というのも、岸さんの読者は千葉雅也の読者でもあり、引いては女性以外は東の潜在的な読者でもあるからだ。

 また「ネトウヨ」・「ファシスト」のままでは、支持が集まらないことを知った東、今文化産業で流行(ということになっている)の中道右派の岸さんを恫喝して逃亡させた、ということになるとマズイ。

 しかし、統一教会擁護の立場からの福島瑞穂さんへの罵倒はまったく「訂正」するつもりがないそうだ。

 一方で政府は統一教会に対してまずは「行政的過料」、次いで秋には「解散請求」の可能性を云々している。

 となると、あくまで統一教会擁護の東の立場は一体・・・

 いずれにしてもファシストの東に対し、全く「頼りにならない」岸政彦さん。

 学力にも多いに問題があり、また「マッチョ」なことでも知られる岸政彦さんが「リベラル」と知覚されてしまう言説環境こそが問われなければならないだろう。 
 デリダが不倫関係にあったS.アガサンスキー、あるいはご存じない方も多いかもしれません。

 S.アガサンスキー、フランス首相を務めた社会党のL.ジョスパンのパートナーです。

 元々デリダの弟子だったシルヴィアンヌは、多くのデリダの愛人の中でも特別な位置を占め、長く関係を保ちました。

 デリダは自宅にシルヴィアとの特別回線の電話をつくっていたほどです(当然、妻や子供に聞かれないため)。

 ところが、或る時まだ子供の息子が出てしまい、また親子というのは、電話の声は非常によく似ているため、シルヴィアは「ジャッキー」と間違えて話し始めるという事件がありました。

 途中でシルヴィアが気づき、電話は切られたものの、子供心には傷になったとのこと。

 またシルヴィアはデリダとの子供を妊娠し、「決断」を迫りますが、ジャックは「出生の決断は君に委ねる。私は子供を自分の子として認知する」(つまり離婚はしない)と答える。

 そこでシルヴィアは、デリダとは別れ、後のフランス首相ジョスパンと結婚。デリダとの子はジョスパンが父として育てました。

 デリダはサルトルのことを「ファロサントリスムの塊」と批判しましたが、はてさて?

 ただ、この時期までノルマリアンの権威はそれほど高かった、ということです。

  
 J.デリダ『絵葉書』について

 デリダのテクストはただでさえ、「難解」で知られています。
 
 デリダは哲学的テクストやただでさえ、多義的な意味をもつ文学的テクストを「読む」という形で、高度な「言葉遊び」=「だじゃれ」に凝りに凝るので、日本語訳がほぼ「正確」であったとしても、原文のパフォーマンスは失われることが多い。

 フランス語圏の文学的芸術的テクストは元来、意味だけではなく、音声的・視覚的「言葉遊び」を好む傾向があり、これは英・独・伊・西など他の欧州語圏と比較しても独自の伝統があります。

 しかし、そのフランス語文化圏の圧倒的多数の人々にとってもデリダは「難解」過ぎる。

 その中でも「絵葉書」はさらに難解だとされます。

 これ一つには当時のゴダールやリヴェットの映画を観てもわかるように、アヴァンギャルド的な形式的実験の時代であったこと。

 今一つの固有の理由は「絵葉書」が当時不倫関係にあったS.アガンスキーへの「手紙」をベースにしていることです。

 当然内容は当事者だけに分かる、ほのめかし、メタファーに溢れています。
 また「宛先」が「誰か」は「わかってはならない」。

 多くの女性ファンが「君 tu」を「自分宛」と誤解するように書かれているのは、デリダ、なかなかに商売上手でもある。 
 @96e12592 
私の見方は全く違います。

 たぶん、それは岸さんと東浩紀の長年の軌跡を主張を私がよく知っているからだと思います。 
  何やら昨日、東浩紀と社会学者の岸政彦さんとの間でSNSでひと悶着あったらしい。

 どうも最初岸さんが東の新著を「けなす」発信をし、切れた東が「ヤクザ」まではいかない「ヤンキー」まがいの「タイマン」勝負をSNSで申し入れたそうな。

 すると震え上がった岸さんは、「けなす意図はない?????」と?を5つか6つ並べて、元投稿を消し逃走・ブロック。

 今日になって、東浩紀が「泥酔上」でのことと「訂正の哲学」を実践したところ、岸さん「ありがとうございます!😂 」と涙マークを浮かべて「これから読みます!」という落ち。

 岸さん、「俺はヤンキーがいた大阪の中学に通っていて、ただの秀才ではない」がご自慢の人である。

 一応「極右」ではないものの、公開での「もて自慢」、「左翼ではない」アピール、取り巻きの手下養成に熱心すぎる、などの点で社会学研究者の間での評判は芳しくない。

 たしか酒井隆史さんの新著でも名指しで厳しく批判されていた。

 私は、岸さんはブルデューを読んだ振りなどよして、もう少し「秀才」になろうと努力した方がいいと思っている。

 それにしてもだ、学術会議弾圧を公言する東のSNSでの「脅し」程度で震え上がり、「和解」を涙を流して喜ぶ、「リベラル」としてあまりにも頼りないではないか? 
 さて、スパルタクス東大教授、長崎浩のルソーー北一輝ー2・26ーアジア主義という図式を自分のルソー論と「ほとんど」同じ、と言っている。

 しかし、この長崎浩の図式、1960年代前半から中盤にかけての大学、とくに九州大学の卒論で大量に生産されたクリシェ(紋切り型)である。

 何故かと言えば、これは元ネタがあって久野収、鶴見俊輔、竹内好の三人である。
 前二者は、批判的に分析したののだが、運動に参加した学生の論調は「アジア主義」の近代主義批判、に軸足を置いたものが多い、と言われている。

 これはある意味当然であって、北九州と言えば、1880年代からの朝鮮侵略の前進基地であり、「アジア主義」は侵略の尖兵となった。つまりさすがに政府としてできない「汚れ仕事」をアジア主義者たちが請け負ったのである。

 ところでスパルタクス君、廣瀬純さんの「オキュパイWT」に「一般意志が降臨した」的な発信を肯定的に引用している。
 さてさて、廣瀬さん、元来ネグる=ハート派の筈。彼らがルソーを激しく批判しているのを知らないのだろうか?

 またXでの自著解説を読む限り、立法者と一般意志が混然一体となっているようだが、これは全く別の概念である。
 
 立法者は「立法権をもたないし、もつべきではない」のである。

 

  
  ネグリ=ハート派の「マルチチュード multitude」とルソーの「一般意志」はまず相容れない。
 少なくとも、当人たちの理解はそうだ。

 またもし、マルチチュードと一般意志を和解させるとすると、それは「マルチチュード」理論は崩壊することになる。

 それにしても、佐藤嘉幸さん、廣瀬純さん、そしてスパルタカス君と面識がある人間ばかりが、東浩紀がらみで出てくるのはどういうわけだろう?

 スパルタカス君について言えば、現在リュシアンのように、鏡の前で「髭を生やす」ことを決意すべきか、どうか思案中、ということだろう。

 ところで、1930年代のフランスのファシズム・反ユダヤ主義、L.ブニュエルの「小間使いの日記」の主題でもあります。

 排外主義の言葉は現代のものとほぼ「同じ」であることに驚かされます。

 ルメイクもありますが、やはりブニュエルのそれが優れている、と言えるでしょう。

 ブニュエルは、トリフォー、ゴダールとともにサルトルのファンでもあり、ノーベル文学賞辞退の際には「ブラボー」と祝電を打ったとされています。 

https://s3.fedibird.com/media_attachments/files/111/024/581/577/150/908/original/d03166b7d65eb763.jpg 
  スパルタカス東大教授、ついに東浩紀の新著の広告をはじめたらしい。

 どうも元来所属する支配階級の「主体」へと自己を立ち上げたようだ。

 1938年のサルトルの小説に「一指導者の幼年時代」という傑作がある。

 ブルジョア支配層の子息、リュシアンが、少年から青年期「放蕩」へと逸脱し、シュルレアリスムなどの「前衛」遊びをした後、再び支配者へと回帰して行くストーリーだ。

 1930年代のフランスは大恐慌の影響で社会は大混乱、ただし日本と違って多くのブルジョア青年は極右に加担していった。後に仏大統領になるミッテラン、作家のブランショ、歴史家のアリエスなどがそうだ。

 この現象はドイツでも同じ。

 ナチスに熱狂する「凡庸な」思想家ハイデガーの支持者となったのは、主として大学生である。

 これは、30年代のファシズムの際、大学生の多数派が非「ファシズム」、部分的に「反ファシズム」であったこととは対称的である。この際の「反ファシズム」の青年たちが、WWII以後「戦後思想」の中核となる。

 ところで、30年代の仏極右の旗は「反ユダヤ主義」。
 スパルタカス東大教授も1923年には朝鮮人は帝国臣民であったから、「朝鮮人」虐殺と呼ぶべきではない、と小池百合子と同じ事を言っている。

 はてさてこれは?
  
 ついにNECが、金融助言企業を買収し、社員に貯蓄を投資するように誘導するとのこと。

 「物価上昇によって、預貯金は目減りするから」などと言っているが、筋論から言えば個々の社員の預貯金にまで会社が口出しすること自体、「公私混同」である。

 「物価上昇」を心配するなら、賃金を上げればいいだけ。

 要するに、現在の緊縮政策の方向で株価が下落するのを、個々の社員の預貯金まで動員して買い支えよう、という流れなのだろう。

 とにかく、最近の「日本株有望」広告は凄い。

 今日も、企業年金の管理者が「低利の安定志向なのはけしからん!」という記事を掲載。題して「事なかれに陥る年金は問題だ」。

 もはやGPIFだけでは足りず、個別の企業年金、はては社員の預貯金まで動員するところまで、「追い詰められている」。

 しかし、現在の日本経済の実力から言って、東証株価3万2千円は常識的には「高すぎる」。

 年金基金や市民の預貯金まで突き込んで、バブルがはじける前にゴールドマンサックスなどの外資に売り抜けられては、「資産運用立国」どころか「破産国家」に鳴りかねない。

 原発でもそうだが、日本の支配層、長期どころか中期の見通しもない。
 「我が亡き後に洪水よ来たれ」
をモットーしているのだろう。 

 

  
 BT)
 下で紹介されているのは、
 シモーヌ・ド・ボーヴォワール『第二の性』こと。

 『第二の性』、1949年上梓の際には、まだフランス社会は、この衝撃的なフェミニズム理論に「追いついておらず」、その社会的影響が現れるのは、68年五月革命以降。

 サルトルとボーヴォワールが主宰する『レ・タン・モデルヌ』はフランスにおけるフェミズムの重要な拠点であり続けた。

 WWII後の仏のフェミズムと『レ・タン・モデルヌ』関係、博士論文の対象になる重要なテーマだが、まだ誰も取り上げていない。

 ちなみにフーコーは公的に「反フェミズニム」的な旗を掲げたことはないと思うが、ボーヴォワールのことは終始一貫して毛嫌いしていた。これは、おそらく彼の「ミソジニー」によるものだろう。 
  竹中平蔵「マイナンバーカード批判者にみる日本教育の失敗」…ロジカルシンキングができない日本人がもたらす人的資源の劣化ーYahooにこの「記事」が流れている。

 いやはや、ここに肩をすくめて立ち去るべきだろうか?

 しかし今更竹中平蔵の「戯言」に耳を貸す人がそれほどいるとも思えないが、一応見てしまったからには批判はしておこう。

 竹中は「マイナンバーカード」を批判する人は「論理的思考」ができない、と主張している。

 しかし、「常識」があれば現行の保険証廃止によるカード強制に賛成する人はいない。

 東浩紀によれば「左翼が高齢者を騙している」らしいが、ま、これは東ならではの中味のない「反共」。

 「記憶」はするな、「考えろ」というのが竹中の言う「イノベーション」を起こせる人材とやららしい。

 竹中は、「記憶」なしに「考える」ことはできない、ということを知らないのだろう。

 イノベーションを体現していると自負する竹中本人は小泉・安倍に取り入って、人材派遣業のボスに収まり、さらに税金にたかって収益を上げているだけ。

 要するに提灯学者が政治家にぶら下がって、暴利を貪るという時代劇おきまりの「ワル」なだけではないのか?

 この後に続く「人材」などを再生産などしたら、社会は崩壊してしまうだろう。 
  今日の「日経」で東大名誉教授の御厨貴が関東大震災における後藤新平の東京復興プランを礼賛する論説を書いている。

 御厨氏はあれこれ言っているが、後藤新平の震災復興プランとは要は、バラックを一掃する「ショック・ドクトリン」である。

 しかし驚いたのは最後のパラグラフである。「大地震と大空襲を身をもって体現したのは昭和天皇である」としたうえで、1983年に天皇が後藤新平の名を挙げて東京改造計画を貫徹できなかったことを「お嘆きになっている」ことに恐懼している。

 最後の一文はこうだ。
「いまさらながら既得権益やバラックへの疑問を呈した昭和天皇の歴史的思考距離の長さに言葉もない。」

 いやはや、東大政治学教授の提灯ぶりに「言葉もない」のはこちらの方である。

 さすが、サントリー財団理事、小沢一郎の『日本改造計画』を北岡伸一、竹中平蔵、伊藤元重とともに書いた男だけのことはある。
  
  さて、今日の「日経チャート」はまた高齢者年金をターゲットにしている。

 65歳以上の金融資産のほとんどが現預貯金と指摘(当たり前だろ!)
  
 しかしインフレで現預貯金は目減りすると脅迫。

 続いて、官製相場による株高をちらちかせ、「貯蓄から投資へ」と誘導している。

 これが「需要不足にならず日本がデフレに後戻りしないためのポイント」だそうだ。

 やれやれ、それなら非正規労働者やそれを生む人材派遣業を廃止し、相応の賃金を現役世代に支払えばそれでいいのでは?

 そもそも今の物価高の中で「デフレ脱却」を目標に掲げるとは、どういう感覚なのか?

 高齢者にとっても、電気料金は上がり続ける、保険証は廃止される、医療負担は増えるで将来不安しかないのは当然だろう。 
  「主婦マリーがしたこと」下

 パクストンは米国人であるが故に、コラボの実態を体系的に明らかにできたという側面があるのですが、フランス国内でヴィシー期をタブーなしに描くことができるようになったのはかなりあとになってからです。

 映画では、ルイ・マルがわりにはやくこの問題を題材にしていましたが・・・

 実際、戦後初の社会党大統領となったミッテランでさえ、戦間期は「極右団体」の積極的メンバーであり、ペタンの墓には自らの死の年まで献花を怠らなかったことを考えても、フランスにおいても「記憶」操作の難しさが長期存在したことがわかりまず。

  現在は「植民地帝国」フランスの記憶と、「共和国」フランスの歴史の衝突・対話が「移民」問題と絡んで常に言論界の紛争を巻き起こしています。

  映画の世界でも「コラボ」やフランス警察が進んで行った「ユダヤ人狩り」は頻繁に取り上げられるようになりましたが、アルジェリア戦争、インドシナ戦争の映像と記憶の試みははじまったばかりという感じでしょうか?

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  「主婦マリーがしたこと」中

 ともあれ、降伏したフランスはpペタン元帥を首班とするヴィシー政権となり、1789年以来の「自由・平等・友愛」にかえて「家族・労働・祖国」をスローガンにした「国民革命」を主導した。

 戦後直後の「神話」と異なり、旧フランス共和国の高等行政官(警察はとうぜん)は、ジャン・ムーランを除いてすべてヴィシーに忠誠を誓った。

 ヴィシーの「政党」、「官僚」、「知識人」の「コラボラシオン 協力」を体系的に明らかにしたR.パクストンの「ヴィシー・フランス 1940-44」はその意味でまさに「パクストン革命」の名にふさわしい名著だった。

 ちなみに戦争末期に拷問によって殺されたジャン・ムーランはド・ゴール派の「英雄」とされ、今に至るまでフランスではやたらと有名人です。

 パンテオンに入る際のアンドレ・マルローのむやみに「荘重な」演説もフランス映画で・・・しばしばアイロニーのニュアンスで・・・引用されています。サルトルとマルローを自らの「守護天使 ange  gardien」と称するゴダールの「映画史」にもムーランは頻繁に登場します。

 

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 「ヴィシー・フランス」の「家族・労働・祖国」とC・シャブロル「主婦マリーがしたこと」

 第二次大戦の際、自称「ヨーロッパ最強の陸軍」を擁していたフランスは世界を驚愕させる潰走をし、6週間でナチスに降伏した。

  もし、フランスが自称通りの実力を発揮していれば、フランス国内のユダヤ人殺害は阻止できていただろう。

 実際、日本で思われているほどナチスの電撃戦(Blitz   Krieg)の勝利は確実なものではなかったのです。

    戦車、戦闘機、兵力、そして兵士の練度のすべてにおいて、標準的な基準からは英仏連合軍の方が上でした。

  また、英仏連合軍がドイツ軍を押し返した場合、ドイツ国防軍はヒトラーを倒すクーデターを立案していた。

 その場合、ポーランド、バルト、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアのアシュケナージの「ホロコースト」はなかっただろう。

 また、そうであれば、戦後パレスティナに「イスラエル」建国が認められることはなかった筈。

 
 その意味でもWWIで「三枚舌」外交によって、「イスラエル」建国と「アラブの独立」、そして英仏の分割統治を「合意」した英仏帝国主義の責任は、極めて大きい。

 パレスティナは、英仏の2度の世界戦争での行為の「つけ」を未だに払わされている。

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