#富野由悠季 アニメ現場見学ということは、制作志望と思われたのだろうか。 ファン活動セミプロ活動を通じて「研究」というようなことには中途半端な自信のあった私ではあったが、 制作側に回るという考えはなぜかなかった。そんな甘い考えで接触を持ったことに恥じ入りながらも、その立ちのぼるオーラとカリスマに圧倒される自分を感じざるを得なかった。 富野監督の言葉の奥からわいて出てくる「クリエイター」としての魂、信念、気迫に押されっぱなしであった。 家族とは何かと折り合いの悪かった自分。だが、いちばん身近な人間と話もまともにできないで、何をどう世に訴えるというのだろうか。「ザンボット」のストーリーラインに乗せて、そのことは主張されているではないか。そんな当然のことにも気づかなかった自分が恥ずかしかった。