①堅めシンプル
とある森で、少女が暮らしていた。
祖母が彼女のために誂えた、赤い天鵞絨の頭巾がよく似合っていた。それ以外の被り物はしなくなって以来、誰もが少女を赤ずきんと呼んでいる。
赤ずきんは万人が認める愛らしさを持っていたが、特に祖母が彼女を溺愛していた。
ある日、赤ずきんの母が真剣な眼差しで彼女に切り出した。
「お祖母さんのところへ、葡萄酒とケーキを届けてきなさい。お祖母さんは病気で元気がないの。これを口にすれば元気になるわ。どこへも寄り道しないで、まっすぐ歩いて行くのよ。転んで瓶を割ったりしないようにね。それから、到着したらお祖母さんにきちんとご挨拶するの。いいわね?」
「はい、お母さん」
赤ずきんが頷くのを認めると、母は葡萄酒とケーキが入った籠を赤ずきんに手渡した。
②柔め読み聞かせ
あるところに、とてもかわいらしい女の子がおりました。
みんなから可愛がられていましたが、女の子のおばあさんは、誰よりもたいへんにこの子をかわいがりました。
おばあさんが女の子のためにつくった赤ずきんはとてもすてきで、女の子にとてもよく似合ったのです。女の子のほうでも赤ずきんをたいそう気に入り、他にはなあんにも被らないほどでした。
ですから、女の子は赤ずきんと呼ばれています。
ある日、赤ずきんのことが大好きなおばあさんが病気になってしまいました。
おばあさんを気づかうお母さんは、赤ずきんにこんなおねがいしたのです。
「ぶどう酒とケーキを、おばあさんにお持ちしてちょうだい。これを召しあがれば、おばあさんはすっかり元気になるはずですからね。それから、道草をしてはいけませんよ。わるいオオカミにも気をつけて。あなたがいたい目にあったら、おばあさんも悲しむでしょう。おばあさんのおうちについたら、はっきりと大きな声でごあいさつするのをわすれないでね」
「へいきよ。しんぱいしないで」
赤ずきんはにっこりとほほえみ、お母さんと指きりをしました。
そして、おみやげのかごを持ち、赤ずきんをかぶって、森へと出かけてゆきました。
③美容院のipadでしか読まない女性ファッション誌
10月号の表紙を飾るのは、童話の森のキュートガール・赤ずきんさん。今シーズンの流行色、レッドを知り尽くした彼女の素顔に迫ります。
「わたし、おばあちゃんっ子なんです。森のみんなからの愛も日々感じるけれど、誰よりも深い愛情で包んでくれるの」
マストアイテムの赤頭巾は、おばあさんのハンドメイド。ビロード生地の高級感は、普段づかいはもちろん、オケージョンにも◎
「肌ざわりが優しくって、敏感肌のわたしも安心です。気持ちよくて頬ずりしちゃう(笑)。手放せなくって、今ではわたしのトレードマークです」
自然体でフレンドリーな赤ずきんさんの笑顔に、思わずエディターもきゅん♡
頭巾が主役のコーデは、森歩きでの実用性も兼ねながら、フェミニンな演出も忘れないエプロンドレススタイル。気取らないバッグのチョイスはフレンチロリータのアイコン、ジェーン・バーキンさながら。
「バスケットは母が持たせてくれました。ケーキやワインもすっぽり入って、便利なんですよ」
お母さんとも仲が良く、お願いされたおつかいの道中でインタビューに応じてくれました。「ほんとうは寄り道しちゃダメって言われてるので、この記事も内緒です」と人差し指を立てる姿もチャーミング。家族とファッションを愛する赤ずきんさんから、今後も目が離せません♡
④ハードボイルド/イタリア寄りアメリカンギャング風
──偉大なる≪おばあちゃん≫が病に倒れた。
木々の葉脈を透かすほど陽射しの強い朝、その報せを受け、赤ずきんの眉間に深い皺が穿たれた。
むろん≪赤ずきん≫はその女のコードネームである。女には人を惹きつける圧倒的なカリスマ性があり、森の者たちは誰もが彼女を慕っていた。得も言われぬその威光は、ファミリーの血筋に拠るものが強い。彼女は、影から森を統べる≪おばあちゃん≫の孫娘にあたる。
おばあちゃんは誰よりも早く孫娘が有望であることを察し、彼女の聡明な──時には不敵でもある──目の輝きに深い愛を示した。その証として贈られた赤頭巾を戴く赤ずきんは、唯一無二の風格を誇る。
赤ずきんもまた、おばあちゃんには敬愛と畏怖の念を抱いていた。
いずれ、おばあちゃんのようになりたい。口にこそしないが、赤ずきんは静かにそう決意している。
憧れの祖母が弱っているとなれば、赤ずきんも狼狽した。森を熟知した≪おかあさん≫は、優しく、しかし熱を帯びた手で赤ずきんの肩を抱く。
「これは1945年のロマネ・コンティ、そして私が焼いたケーキ。これをおばあちゃんのもとへ速やかに運びなさい。あなたがドアを3度叩き『おはようございます』とはっきり言いさえすれば、あのお方は全てを理解するわ。あのお方が衰えていることは、誰にも知られてはならないの。特に≪狼≫の連中には……ど絶対に寄り道せず、あのお方の他には誰とも口を利かないこと。いいわね」
赤ずきんは決然と応え、おかあさんの手指にキスを落とす。アイコンタクトでの短く濃密な会話を交わすと、深紅の頭巾を翻し、立ち上がった。
そうしてフォード社のリンカーン・コンチネンタルに乗り込み、エンジンをふかすのだった。
これが、かの凄惨極まる“井戸の底の狼”事件の序章になるとは知る由もなく──